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飯南町だより
 ◆飯南町だより

 飯南町発〜日本最初の殺虫剤製造法                                  

 「ミネラルウォーター市販第1号」、「国産ワイン発祥の地」・・・などなど日本初!で盛り上がっている飯南町(島根県飯石郡)ですが、またまた飯南町から「日本初」に関する情報です。

 それは「殺虫剤(農薬)」日本初!
 飯南町の二つの旧家に伝わる古文書『国民豊饒記』と『家伝殺虫散』に載る記述が日本で最も古い殺虫剤(農薬)の生成・使用の記録ではないか。今春から国立科学博物館産業技術資料センターによる調査が行われていましたが、どうやら、この事実、ホントのようなんです。

 国立科学博物館産業技術史資料情報センターは、産業技術史の調査研究を行っている機関です。日本の産業技術のあゆみを示す歴史資料の情報の蓄積、保存と活用を図るとともに技術発達の調査研究をおこない、その結果を公表しています。特に重要と思われる産業技術史資料を「重要科学技術史資料」として推薦しています。
 


 2つの古文書は、慶長5年(西暦1600年)に松田内記という人物が難波甚右衛門におくったもので、現存するものは、後年に書き写されたものです。
 
 内容は、
  「浮塵子(うんか)の発生とその予知について」
  「寛永18年、この地域を襲った浮塵子大発生と大飢饉について」
  「浮塵子を退治する農薬の生成法について」
などからなっており、浮塵子(うんか)被害の対策として、家伝の殺虫剤(農薬)の生成法と使用法、効果について詳細に記録しています。

 その中でも次のような部分は特にその重要性が指摘されています。
 まず、農薬を生成する「レシピ」に関する記述があることです。
 レシピは次のとおり。

  一、牽牛子(けんごし)・・・アサガオの種子を乾燥させたもの
  一、烏頭(うず)・・・トリカブトの根
  一、薫陸(くんろく)・・・松や杉の樹脂が地中化石化したもの(香料として用いられた)
  一、樟脳(しょうのう)・・・くすの木の香り成分の結晶
  一、明礬(みょうばん)・・着色、沈殿、殺菌に効用があるとして使用された鉱物
 
 これらを調合し、水田に散布したところ・・
『寛永18年(中略)秋、西国並びに備後備中石見へ悉く雲蚊発生し 明くる19年大飢饉にて万民困窮す、然れども赤穴近郷隣村この薬を用いてことごとく防ぎ 豊熟すという」と古文書は記し、この殺虫剤(農薬)の効用が絶大だったことを伝えています。

 次に注目される点としてあげられるのが鯨油の代わりに牽牛子を代用している点です。江戸時代中ごろになると病害虫への対処法として水田に鯨油を流し、害虫を退治する方法が普及します。これまで、鯨油の代わりに牽牛子を使うことは天保5年以降(大蔵永常:『除蝗録』)とされていましたが、飯南町の事例は200年以上も前にこうした方法があったことを証明し、研究史上、重要とされています。(農林省中国農業試験場 岡本大二郎 昭和28年「農薬ニュース」による)

 産業技術史資料情報センターによる推薦と国立科学博物館による「重要科学技術史資料」登録については、まだ決定しておりませんが、いずれにしても、その可否は平成15年中になる見通しです。



 「農薬」というと、マイナスイメージの今日この頃ですが、お米の収量が人々の生活にとても大きなウエイトを占めていた時代、こうした薬は、多くの人にありがたがられた「秘薬」であったに違いありませんね。もっとも、江戸時代のものは現代の農薬とは根本的に異なるものかもしれませんが・・。
 さて、それにつけても、飯南町は「お米」に関する伝統・行事がたくさん残っている地域だなぁと感じます。角井八幡宮(飯南町角井)の「御田植え神事」、由来八幡宮(飯南町頓原)の「姫之飯神事」などからは、「米」に対する先人の想いがあらわれています☆
 


 
 慶長5年にこの記述を伝えた「松田内記」と「難波甚右衛門」について・・・。
 同古文書内に次のような記述があります。
 「出雲国堀尾山城守 家来難波甚右衛門千五百石 慶長年中堀尾山城守家老松田内記と申者 高一萬石にて雲州飯石郡赤穴村枝城を預かり候此組下にて甚右衛門も赤穴村に住居いたし候 松田と難波と母方の縁者たるよし語傳申候」
 松田内記という人物はこの古文書の記述にあるように、関ヶ原の戦の後、堀尾吉晴から赤穴瀬戸山城を与えられた堀尾家の重臣松田左近であろうと考えられます。松田左近は赤穴に派遣された後、瀬戸山城に石垣を築くなど城の近世城郭化を図り、また、集落を城下へ移転させ、都市計画に基づいた配置をおこなうなど、現在の赤名町の形成に大きな役割を果たしました。
 今回の殺虫剤(農薬)に関する古文書からは、松田左近が軍事面のみならず、農政にも心を配り、新天地「赤穴」の統治を進めた様子が伺え興味深いといえます。

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